Midnight Sun

エンターテインメントの記事を書きます。

「シングルマン」

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監督 トム・フォード
音楽 梅林茂
出演 コリン・ファースジュリアン・ムーア
 
1962年11月30日。
8か月前に愛する人を失ったジョージは、
この日で人生を終わらせようと、
死の準備を着々と整えていた。
ところが大学での講義は熱を帯び、
いつもならうっとうしい
隣の少女との会話に喜びを抱く。
そして遺書を書き上げたジョージに、
かつての恋人チャーリーから電話が入り……。
 
"沈黙と視線ほど多くを語る事象はない〟
そのことをまざまざと
見せつけられた作品である。
主演は英国出身のコリン・ファース
恋におちたシェイクスピア』でも
イングリッシュ・ペイシェント』でも
愛する女を略奪される男を演じていた俳優。
どちらかというと悪役、
脇役の印象が強かった。
今回は男性の恋人を失った、
ゲイの大学教授ジョージを演じている。
ジョージは死を決意している。
最愛の恋人を失った以上、
自分に生きる価値などないと判断し、
周到な準備を進めている。
しかし、失うものがなくなると、
途端に人生は輝きを帯び始めるのだ。
熱のこもった大学の講義、
自分に興味を持つ美青年の生徒、
昔、愛した女、通りすがりのスペイン人。
ジョージは恋人の死から8ヶ月もの間、
あらゆる自分を遮断して生きていたが、
身の回りの世界に目を向け始める。
 
ゲイだろうがレズだろうが、ヘテロだろうが
愛する人を失えば虚しく哀しいということ。
トム・フォードはゲイの立場からの愛を謳った。
現在でも日陰者扱いである彼らの、
もっと世間の目が冷たかった1960年代を
切り取った原作をベースに、
描きたかったものを叩きつけてきた印象がある。
このトム・フォードという監督は
自身のイメージが明確な演出家なのだと思う。
そうでなければ、映画という怪物を相手に、
ここまで自己表現に到達できないと思う。

愛する性が同性であるにすぎないことを
彼は作品を通して訴えたかったのかもしれない。
これは「ブロークバック・マウンテン
ブエノスアイレス」にも共通するスピリットである。
それをラブシーン(ベッドシーン)などによる
直接的な表現を極力控え、雰囲気、眼差し、
セリフと沈黙で彼らの愛を描いている。
しかも、ゲイという監督自身の立場を
擁護するでも強調するでもなく、
物静かで哀しく、さりげない物語となっていて
とても好感が持てる作品だった。

異業種からの転身で、新人監督の
デビュー作としては、恐るべき力量。
 
16年つきあってきた恋人を交通事故で
突然亡くす。ジョージにとっては彼こそ
自分の存在理由であり、恐らく彼を亡くすまで
彼のいない世界を考えたことがなかっただろう。
しかし、目の前にあるのに
はっきりと見ていなかった周囲の世界、
そしてケニーの存在によってもう一度
生きてみようと決心したのだと思う。
しかし、運命は皮肉な結果を導き出す。
 
印象に残っているのは、
ジョージの自宅だった。
当然、プロダクション・デザインにも
トム・フォードが色濃く関与していることだろう。
世界観の統一は映画の世界では必須である。
しかし、統一だけでは不足であり、
デスク、マントルピース、スーツ、
ベッド、ケトル、スマイソンの文房具、
メルセデスの自家用車に至るまで、
力強い意思と高いセンスを感じた。
ジョージのネクタイの結び方は
"ウィンザーノット〟
交差して中心に三角を作り、
その輪の中にネクタイを通すやり方。
 
今や日本を代表する、世界的な映画音楽作曲家
梅林茂の扇情的な音楽はチェロの重厚な響き。
起用のきっかけはウォン・カーウァイ
花様年華」のテーマがトム・フォード
お気に入りだったという。
この人の音楽は雰囲気に酔わせてくれるから
私は好きなのだ。

ファッションに造詣の浅い私でも、
トム・フォードの名前くらいは知っていた。
タキシードやフォーマルスーツの取扱が多い
ブランドで、スーツの価格も"0〟が一個多い。
名だたる海外ブランドの発展や
再生を指揮した大立者。
コリン・ファース、別作品だが、
オスカーを受賞。
そして、初監督作とは思えない演出力を見せた