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Midnight Sun

エンターテインメントの記事を書きます。

「Stand By Me」

 
中年の作家、ゴードン・ラチャンスは、
「弁護士クリス・チェンパーズ刺殺される」
という新聞記事を車の中で読む。
クリスはゴーディの子供の頃の親友だった。
時代は彼が12歳だったころにさかのぼる。
オレゴン州キャッスルロック。
(原作ではメイン州
ゴーティ、クリス、テディ、バーンの4人はウマが合い、
いつも一緒につるんでいる。
ある日行方不明の少年の死体の所在が分かった事を、
兄から盗み聞きしたバーンは、ゴーティたちに話し
「死体を見つければ英雄になれる」と考えた4人は
線路づたいを歩いて死体探しに出かける。

 

初めて観たのは14歳の時。
当時、少年だった私の心を
木っ端微塵に撃ち抜いた作品だ。
気の置けない仲間、木の上の社交場、
線路を並んで歩く少年たち、 背後に迫る蒸気機関車
ラジオから流れるオールディーズ、
喧嘩では敵わない年上の敵、
何より彼らの心を奪っているブラワー少年の死体など、
90分にも満たない本編には、 無駄な場面がひとつもない。
それどころか、この映画には 恋愛以外の要素がふんだんに
盛り込まれている。
リチャード・ドレイファス淡々としたナレーションも
時に笑いを誘い、涙も誘う。

 

原作は希代の天才作家
スティーブン・キングの「The Body」
私に海外小説の魅力を教えてくれたのも彼だった。
この映画を観てすぐに原作を買いに本屋に走った。
小学校時代にモーリス・ルブラン
アルセーヌ・ルパンのシリーズなどは
読み漁ったが、もうすっかり
内容を忘れてしまっている。
原作の冒頭の言葉が忘れられない。
「何にもまして重要だということは、
何にもまして口に出すのが難しい」
こんな文章から始まる。名文句だと思う。
作家とはこのことに挑戦する
職業なのではないかと思ったりもした。

 

同じ頃、『デッドゾーン』の原作も読んで
スティーブン・キングの凄さを痛感。
皆、彼のアイデアの秘密を知りたがるそうだが、
基本原理は日常生活の「もし~が~だったら?」という
シンプルな発想から来ているものではないだろうか。
それを膨らませる才能が並外れているのだと思う。

 

世界一美しい男性として称賛された、
故・リヴァー・フェニックスの代表作でもある。
しかも、まだ変声期前。
晩年はあまり作品に 恵まれていなかった。
彼もまた麻薬が奪った稀有な俳優のひとつ。
ジョニー・デップが経営していた店の前で倒れた)
私は彼の訃報を聞いたとき、
やはり夭折した往年のスター、
ジェームズ・ディーンを真っ先に連想した。

 

「24」シリーズでジャック・バウワーを
演じたキーファー・サザーランド
街の不良エース・メリルを好演。
また嫌味ったらしい悪役を
演じてくれたものだ。
私が生まれ育った街にも、
こんなタイプの不良がいたことを思い出す。
ラストでゴーディに拳銃を
向けられて怯む演技がとても上手かった。
映画でのキャリアはさほど奮わず、
TVに活路を求め成功を手にしました。

 

劇中の早朝、ゴーディが線路に腰掛けて
本を読んでいると、野生の雌鹿に出くわす
場面がある。
そして、ゴーディは誰にもそのことを言わず
胸にしまっておいたと告白するのだが、
私はその気持ちが何となく分かるような気がした。
理屈でうまく説明できない部分です。
珍しい体験をしたときに生じる一種の優越感。
自分だけの秘密。

 

作品では「カイン・コンプレックス」を
扱っています。
兄が秀才すぎると弟はつらいはずである。
ゴーディは自分のことを"透明人間〟と
卑下していて、しかも、兄がまた
ナイスガイだから余計につらい。
スティーブン・キングには兄がいますが、
父は蒸発のため存在していない。
母子家庭で育ったという。
主人公ゴーディは、その鋭い感性を以って
自分が愛されていないことを自覚している。
そして、兄への感傷と同時にそのことを思い出し、
クリスに抱かれて泣きじゃくる。
この場面は胸に突き刺さった。
(兄役はジョン・キューザックだった)

 

印象的なのは、エースたちから
文字通り「命懸け」で守ったブラワーの遺体だが、
見つけた途端にその意味が消滅する部分だ。
手柄、功名心といったものが
霧のように消えうせ、
何も手元に残らなかったという
アイロニックなオチ。
当初、彼らにとってブラワーの死体は、
もっと巨大なイメージであり、
死を体現する物体への
好奇心そのものだったと思う。
車で来て遺体を横取りしようとする
不良グループと対峙することで
彼らは恐怖を知り、勇気を振り絞り、
自分たちが徒歩でたどり着いた冒険を、
そして目的(死体)を守ろうとする。
テディとバーンはナイフに脅えて身を隠し、
クリスとゴーディはその場に残る。
(後にテディとバーンは疎遠になる)
緊張の頂点と安堵をほとんど同時に経験し
本当の友達を知り、死体の発見は
背景に過ぎなくなる。
死体捜しの道程をクライマックスまで
引っ張りながらも、実はエースたちとの
対峙と駆逐に映画が凝縮されていると私は思った。
 
映画の最後になって、
クリス・チェンバーズ弁護士が
刺殺されたことを私たちは思い出す。
そして、ゴーディとともに胸がつまるような
感傷を味わうのだ。
本当の友達は人生の中にそう何人もいない。
私も小学校時代、毎日のように遊んだ
友達が3人いたが、うち1人は亡くなった。
年齢が重なっていくにつれ、
それぞれの生活や都合に紛れて
付き合いも疎くなっていく。
ただ、本当の友達というものは
遠く離れても、しばらく会わないでいても
その姿はくっきりと見えるものだと私は思っている。