Midnight Sun

エンターテインメントの記事を書きます。

「羊たちの沈黙」

 

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シリアル・キラー
バッファロー・ビルが 全米を騒がせていた。
(女性の皮膚を剥ぐ殺人鬼だ)
FBIの行動科学課は、投獄されている
天才精神科医レクター博士
協力を得るため優等な女性訓練生の
クラリス・M・スターリングを抜擢する。
レクターとの奇妙な絆を得たクラリス
彼にヒントを与えられながら、
バッファロー・ビルを
次第に追いつめていく。

 

この種の映画がアカデミー作品賞を受賞することは
本当に稀なことである。
いかに名作かがそこからも窺い知れる。
大人のための怖いお伽話。
原作は「ブラック・サンデー」のトマス・ハリス
寡作な作家と知られ、私生活が謎につつまれている。
数年に1冊しか本を出版しない人で、
あのスティーブン・キングさえ、
ハリスの日常を知りたがっている。
 
単に猟奇殺人を描くだけでなく、
女性の捜査官の視点で事件を迫っていくスタイル、
心理描写には卓越したセンスを感じずにはいられない。
最初に映画化権を獲ったのは、
ジーン・ハックマン
彼の初監督用に準備が進められていたが、
ハックマンは脚本に難色をしめし 降板。
宙に浮いた権利をキャッチしたのは
ランボー」や「プラトーン」を製作した
オライオン・ピクチャーズだった。
 
ジョナサン・デミは当初、クラリス役には
ミシェル・ファイファーを想定。
しかし、ミシェルは脚本の内容が
残酷であることを理由に降板。
自ら監督に売り込みをかけていた
ジョディ・フォスターに決定した。
(私はミシェル・ファイファーで観たかった・・・)
バッファロー・ビルを描いたことにより
偏見の助長を恐れる同性愛者たちから、
抗議を受けたジョナサン・デミは、
この映画のあとに 「フィラデルフィア」を製作した。

 

当初は商業目的のために、レクター役を
オファーされたショーン・コネリーだったが、
脚本を読んで即座に断ったという。
そこで、第2候補だったアンソニー・ホプキンス
レクター役を得ることになった。

 

私が本作で一番評価しているのは、
ホプキンスでもフォスターでもない。
クラリスの上司、FBI捜査官の
ジャック・クロフォードを演じた
スコット・グレンである。
原作のイメージ通りというか、
これほど役に適した俳優はいない。
しかも、普段のスコット・グレンとは
外見が別人のように違う。
オールバックで眼鏡をかけるだけで、
雰囲気がガラリと変わっている。
そして、役柄もクラリスをさりげなく気遣う
頼りがいのある上司としての
威厳も漂わせている。
(仄かなクラリスへの恋心も)
彼が助演男優賞を受賞できなかったのが残念。 

 

クロフォードの特捜チームとクラリス
別々にバッファロー・ビルを
追う場面の編集は秀逸。
この場面の同時進行を考えついたのは、
他ならぬジョナサン・デミ
呼び鈴が重なり、
クロフォードが過ちを犯し
顔面蒼白となるあの場面は、
観客も一緒にサスペンスに巻き込まれる。
クラリスはたったひとり、
極めて不利な状況下で
シリアル・キラーと対峙しなくては
ならないからだ。
この編集こそアカデミー賞
相応しかったと思っている。

 

タイトルの「羊たちの沈黙
(The Silence of the lams)とは
何を意味するのか頭を捻った。
これは映画をよく観ると理解できる。
警官だった父親の殉職により、
幼い頃に農家の親戚に預けられたクラリス
食用のために屠殺される運命にある
小羊を抱えて逃亡する。
しかし、結果的に見つかり、
彼女は連れ戻され、
小羊も奪われてしまう。
そのことが彼女のトラウマとなっているのだ。
(レクターに見透かされる部分だ)
そこに、上院議員の娘が誘拐され、
クラリスFBIのエージェントとして
彼女を救出する役目を図らずも得る。
上院議員の娘こそ「羊」であり、
幼い頃に命を救えなかった
「羊」を救ったことにより、
クラリスのトラウマである、
「羊」の悲痛な声が沈黙します。
つまり"クラリスのトラウマの克服〟が
映画のタイトルとなっているわけだ。

 

アカデミー賞は主要部門を独占。
作品賞、監督賞、主演男優賞
主演女優賞、脚色賞を受賞。

 

ゾンビ映画の巨匠、ジョージ・A・ロメロや
B級映画の帝王、ロジャー・コーマンなどが
カメオ出演している。
トマス・ハリスの原作も硬質で緻密な文章で
素晴らしい出来だと思う。
ただ、一点だけ「クロフォード」を
「クローフォド」と誤植していることを除いては。