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Midnight Sun

エンターテインメントの記事を書きます。

「ある日どこかで」 Somewhere in time

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監督 ヤノット・シュワルツ
音楽 ジョン・バリー
出演 クリストファー・リーブジェーン・シーモア
   クリストファー・プラマー

 

若き劇作家のリチャード・コリアーは

上演記念のパーティーで老婦人から懐中時計を

手渡され、「戻ってきて」と懇願される。

数年後、仕事に行き詰まったコリアーは

自動車で宛てのない旅に出る。

偶然、立ち寄ったホテルで往年の舞台女優の

写真を見て釘付けになる。

その女優エリーズ・マッケナに一目惚れしたコリアーは、

彼女に会うために時間旅行をする決意する。


恋愛映画というと、所詮、芝居じゃないかと
いう意見もある。本人同士が恋に落ちるわけじゃ
あるまいしと。なるほど、出演者の仲が必ずしも
いいわけではないかもしれない。
この映画に関しては、報酬的には
誰も大きな得をしていないという。
しかし、宝石のようなきらめきを放つ秀作で
あることは、疑いようがない。
公開当時は、不評の嵐で、早々に公開打ち切り
製作者たちは落胆したというが、
名作というものは、時間が証明してくれるものだ。

男視点で、非常に共感した
ラブストーリーは過去に何作もある。
この作品はその中の1本だ。

「スーパーマン」でクラーク・ケント
演じ、世界的な名声を得たスター、
クリストファー・リーブ
今は亡き名優だ。彼は落馬事故で、
首から下が全く動かない障害を抱えてしまった。
しかし、そこからの彼は不屈の精神で
行き抜いた。そして帰らぬ人となった。

名優クリストファー・プラマー
2人の恋路を邪魔するマネージャーとして
登場する。彼の葛藤のある悪役ぶりがいい。
ある程度の威厳を醸し出せないと、
務まらない役柄だ。

2人がデートする海辺が、
現代ではゴミが散乱している場面は
永遠の恋人を失った主人公の
荒んだ気持ちをあらわしているかのようで
もの悲しくなる。

映画「タイタニック」の元ネタでもある。
この映画の中盤の抱擁シーン、
そして、ラストが非常によく似ている。
こちらは天空、あちらは深海である。
ご興味のある方は比較されてみたら
面白いと思う。

この映画を監督したのは、
「JAWS2」のヤノット・シュワルツ。

素晴らしいテーマ曲は、
ジョン・バリー
そして、ラフマニノフ
随所に使用されている。
これはブライダルシーンによく
使われるが、この映画の影響も
あるのだろうか?

名作はいつか必ず評価されるものだ。
現在では熱狂的なファンたちが、
ロケ地になったホテルで、毎年オフ会を
開いているらしい。
私もいつか参加してみたいほどだ。

 

 

 

「チャイナタウン」

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私立探偵ジェイク・ギティスの事務所に、
ミセス・モーレイと名乗る、LAの水道電力局の
チーフエンジニアの妻が現れ、
夫の浮気の調査を依頼する。
ギティスは早速調査を開始。
まずモーレイの身辺を洗い、
彼がロサンゼルス川に異常な関心を持っていること、
町をあげての新ダム建設には物理的な理由で反対であること、
そして若い娘のような恋人がいるらしいことをつきとめた。
その矢先にモーレイの浮気がゴシップ新聞で暴露され、
弁護士を伴った本物のモーレイ夫人が名誉毀損で訴えるべく
事務所に乗り込んできたのだ。
最初の女は何者で、目的は何だったのか?
独自に事件を調べ始めたギティスだったが、
モーレイが溺死体となって発見される。

 

パラマウント映画の重役、
ロバート・エヴァンズ
脚本家ロバートタウンに
『華麗なるギャッツビー』の執筆を依頼した。
エヴァンズは12万5000ドルのギャラ提示をしたが、
タウンはそれを蹴り、30年代のLAを舞台にした
ハードボイルドを構想中なのでそれを一緒に
やらないかとエヴァンズに逆提案。
ギャラは2万5000ドルで契約した。
エヴァンズはこの時のタウンは高潔だったと叙述)
主役にはタウンの親友、ジャック・ニコルソン
起用することが決まった。

 

およそ300ページもある分厚い脚本に
エヴァンズは目を回す。まるで理解できない
脚本だったという。
そこで、妻のシャロン・テイトを
惨殺された深手から立ち直れていない
ロマン・ポランスキーにその脚本を送り、
彼をLAに呼び戻した。
ポランスキーは「なんとかする」と
「チャイナタウン」の監督を承諾。

 

ヒロインのイブリン・モウレー役は
ジェーン・フォンダにオファーされていたが
フォンダは原発問題にかかりきりで降板。
当時、エヴァンズの妻だったアリ・マッグロー
候補だったが、スティーブ・マックイーンとの
不倫が エヴァンズにバレ、役を失った。
(ついでにギャッツビーのヒロインもだ)
結果、『俺たちに明日はない』とは異なった路線を
求めていたフェイ・ダナウェイに着地することになった。

 

この映画で何より好きなのは"雰囲気〟だ。
1937年のロサンゼルスが舞台となっていて、
パッカードなどのクラシック・カーや、
オーソドックスなスーツなどの美術が
まったく嘘くさくない造りになっている。
冒頭は尾行の方法で観ている側を唸らせる。
(懐中時計の使い方など)
脚本家のロバート・タウンは、
ジャック・ニコルソンの普段の言動をもとに、
このギティスというキャラクターを
創造したと語っている。
事実、言葉遣いがやや乱暴だが、
ニコルソンが自然な演技をしているのが
こちらにも伝わって来る。

 

当初、音楽はフィリップ・ランブロという
別の作曲家だったが、映画のイメージに
音楽が合わず、エヴァンズが却下。
急遽、ジェリー・ゴールドスミスに交代。
ゴールドスミスはわずか8日間で、
チャイナタウンの音楽を製作させた。

 

撮影中はスタッフや出演者たちの
確執が絶えなかったそうだが、
救いようのない結末を含めて、
心に突き刺さる傑作サスペンスである。

 

ダナウェイの父親、LAのフィクサー
ノア・クロス役は、『マルタの鷹』や
『黄金』などの傑作を遺した
今は亡き名監督ジョン・ヒューストン
監督になる前は役者志望だったらしく、
強烈な個性も相まってノア・クロスの役にピッタリ。
プライベートでは五度の結婚、撮影地のアフリカで
象の狩猟に熱狂し、撮影そっちのけになったとか
かなり豪胆な人物である。
ポランスキー自身もカメオ出演し、
ニコルソンの鼻を切る小男を不気味に演じた。
法廷に羊を乱入させ、怒りをぶちまける羊飼いの男は
監督ロン・ハワードの父親である。

 

またこの作品自体、
ジョン・ヒューストン監督の
マルタの鷹』にかなり影響を受けており、
オマージュの場面がいくつも出てくる。
ポランスキーブラウン・ダービーから
出てきたギティスとイブリンの横顔と背景の
構図が好きだそうで、インタビューでも
言及している。
ポランスキーは「ハードボイルドは一人称描写に限る」
とこの作品を例に持論を述べている。 
私が大好きな同監督の『フランティック』も
一人称で描かれている。
私が好きなシーンは、冒頭の浮気写真、
偽モウレー夫人との会話、ギティスが
理髪店で聞いてきた与太話を披露するくだり、
登記所での不遜な係員とのやりとりなどである。

 

吐き気を催すような、
イブリンとノア・クロスの暗い過去、
ルー・エスコバーとギティスの確執、
かつてチャイナタウンで恋に落ちた女性を
死なせてしまった苦い経験があるギティス。
彼の早とちりが思わぬ悲劇を招き寄せる。
警察の手を逃れるため、
イブリン落ち合う場所として選ばれたのは、
LAのチャイナタウン。
ギティスに胸には追憶が去来する。

 

ラストの展開については、意見が180度分かれ
大揉めした。結局はポランスキーの意見が通ったが、
作品中、唯一のアカデミー賞を受賞したのは
皮肉なことにロバート・タウンだった。(オリジナル脚本賞受賞)
この作品がハッピーエンドだったとしたら
どうだっただろうか?
私はこれほど真剣にレビューを
書かなかったかもしれない。
因みにこの作品は、デヴィッド・リンチ
デヴィッド・フィンチャーも好きな作品として
挙げている。

 

参考出典、ロバート・エヴァンズ著「くたばれ!ハリウッド
「チャイナタウン」のDVDの特典インタビューより。

「シングルマン」

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監督 トム・フォード
音楽 梅林茂
出演 コリン・ファースジュリアン・ムーア
 
1962年11月30日。
8か月前に愛する人を失ったジョージは、
この日で人生を終わらせようと、
死の準備を着々と整えていた。
ところが大学での講義は熱を帯び、
いつもならうっとうしい
隣の少女との会話に喜びを抱く。
そして遺書を書き上げたジョージに、
かつての恋人チャーリーから電話が入り……。
 
"沈黙と視線ほど多くを語る事象はない〟
そのことをまざまざと
見せつけられた作品である。
主演は英国出身のコリン・ファース
恋におちたシェイクスピア』でも
イングリッシュ・ペイシェント』でも
愛する女を略奪される男を演じていた俳優。
どちらかというと悪役、
脇役の印象が強かった。
今回は男性の恋人を失った、
ゲイの大学教授ジョージを演じている。
ジョージは死を決意している。
最愛の恋人を失った以上、
自分に生きる価値などないと判断し、
周到な準備を進めている。
しかし、失うものがなくなると、
途端に人生は輝きを帯び始めるのだ。
熱のこもった大学の講義、
自分に興味を持つ美青年の生徒、
昔、愛した女、通りすがりのスペイン人。
ジョージは恋人の死から8ヶ月もの間、
あらゆる自分を遮断して生きていたが、
身の回りの世界に目を向け始める。
 
ゲイだろうがレズだろうが、ヘテロだろうが
愛する人を失えば虚しく哀しいということ。
トム・フォードはゲイの立場からの愛を謳った。
現在でも日陰者扱いである彼らの、
もっと世間の目が冷たかった1960年代を
切り取った原作をベースに、
描きたかったものを叩きつけてきた印象がある。
このトム・フォードという監督は
自身のイメージが明確な演出家なのだと思う。
そうでなければ、映画という怪物を相手に、
ここまで自己表現に到達できないと思う。

愛する性が同性であるにすぎないことを
彼は作品を通して訴えたかったのかもしれない。
これは「ブロークバック・マウンテン
ブエノスアイレス」にも共通するスピリットである。
それをラブシーン(ベッドシーン)などによる
直接的な表現を極力控え、雰囲気、眼差し、
セリフと沈黙で彼らの愛を描いている。
しかも、ゲイという監督自身の立場を
擁護するでも強調するでもなく、
物静かで哀しく、さりげない物語となっていて
とても好感が持てる作品だった。

異業種からの転身で、新人監督の
デビュー作としては、恐るべき力量。
 
16年つきあってきた恋人を交通事故で
突然亡くす。ジョージにとっては彼こそ
自分の存在理由であり、恐らく彼を亡くすまで
彼のいない世界を考えたことがなかっただろう。
しかし、目の前にあるのに
はっきりと見ていなかった周囲の世界、
そしてケニーの存在によってもう一度
生きてみようと決心したのだと思う。
しかし、運命は皮肉な結果を導き出す。
 
印象に残っているのは、
ジョージの自宅だった。
当然、プロダクション・デザインにも
トム・フォードが色濃く関与していることだろう。
世界観の統一は映画の世界では必須である。
しかし、統一だけでは不足であり、
デスク、マントルピース、スーツ、
ベッド、ケトル、スマイソンの文房具、
メルセデスの自家用車に至るまで、
力強い意思と高いセンスを感じた。
ジョージのネクタイの結び方は
"ウィンザーノット〟
交差して中心に三角を作り、
その輪の中にネクタイを通すやり方。
 
今や日本を代表する、世界的な映画音楽作曲家
梅林茂の扇情的な音楽はチェロの重厚な響き。
起用のきっかけはウォン・カーウァイ
花様年華」のテーマがトム・フォード
お気に入りだったという。
この人の音楽は雰囲気に酔わせてくれるから
私は好きなのだ。

ファッションに造詣の浅い私でも、
トム・フォードの名前くらいは知っていた。
タキシードやフォーマルスーツの取扱が多い
ブランドで、スーツの価格も"0〟が一個多い。
名だたる海外ブランドの発展や
再生を指揮した大立者。
コリン・ファース、別作品だが、
オスカーを受賞。
そして、初監督作とは思えない演出力を見せた

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監督 ジョン・ヒューストン
出演 ハンフリー・ボガート、メアリー・アスター

 

サンフランシスコで私立探偵業を
営むサム・スペード。
ある日、謎の女から、家出した娘の
捜索を依頼されるが、相棒のアーチャーが
何者かに射殺される。

 

ハードボイルドの代名詞として名高い作品である。
 DVDがあるので、久々に見直した。
サム・スペードという私立探偵の、
 巻き込まれ型サスペンス。
その展開の速さと、ダシール・ハメットの原作を
簡潔に要約した脚本力に改めて驚いた。
 矢継ぎ早に物語が展開し、行きつく暇もない。
とにかく無駄を極端に省いている。

 

ロマン・ポランスキーの「チャイナタウン」が
 この作品に大きく影響されていることが、
 随所に見受けられる。
 (影響を受けたのは脚本のロバート・タウンか?)
まず、主人公が私立探偵であること、
 依頼人の女性が嘘の依頼をしてくること、
 主人公と警察と仲が悪いが、
ある程度の信頼関係があること。
 秘書と黒幕の存在。
 (この作品は秘書の活躍、貢献度が高い)
 「チャインタウン」には、
 本作の監督であるジョン・ヒューストン
悪の黒幕として怪演していることから、
やはりポランスキーの好みなのだろう。
 現場でヒューストンにアドバイスを
受けたかどうかは定かではないが、
とにかく「チャイナタウン」はヒューストンへの
敬意に満ち溢れているという印象を持った。
そして、ジャック・ニコルソン
長年、ジョン・ヒューストンを実の父同様に愛し、
その娘、アンジェリカ・ヒューストンとは、
 長年、同棲していた。

 

メアリー・アスター演じるオーショネシーは、
 悪女の鏡だ。世の男性には是非とも、その教科書として
参考にしていただきたい。
 同情を誘い、欲しいものを手に入れ、男を破滅させる。
それがファム・ファタールだ。

メアリー・アスターの神経質な演技の裏には

ジョン・ヒューストンが現場で

プレッシャーをかけていたらしい。

 

そして、サム・スペードが
度胸満点の男であるとともに、
トレンチコート、フェドーラ帽、
 葉巻(タバコ)が良く似合う。
タフガイ、軽口、女に甘いが、
 同時に非情な男であることも、
やはりハードボイルドの教科書である。
チャンドラーのマーロウもいいが、
 私は断然、サム・スペードが好きだ。

「Stand By Me」

 
中年の作家、ゴードン・ラチャンスは、
「弁護士クリス・チェンパーズ刺殺される」
という新聞記事を車の中で読む。
クリスはゴーディの子供の頃の親友だった。
時代は彼が12歳だったころにさかのぼる。
オレゴン州キャッスルロック。
(原作ではメイン州
ゴーティ、クリス、テディ、バーンの4人はウマが合い、
いつも一緒につるんでいる。
ある日行方不明の少年の死体の所在が分かった事を、
兄から盗み聞きしたバーンは、ゴーティたちに話し
「死体を見つければ英雄になれる」と考えた4人は
線路づたいを歩いて死体探しに出かける。

 

初めて観たのは14歳の時。
当時、少年だった私の心を
木っ端微塵に撃ち抜いた作品だ。
気の置けない仲間、木の上の社交場、
線路を並んで歩く少年たち、 背後に迫る蒸気機関車
ラジオから流れるオールディーズ、
喧嘩では敵わない年上の敵、
何より彼らの心を奪っているブラワー少年の死体など、
90分にも満たない本編には、 無駄な場面がひとつもない。
それどころか、この映画には 恋愛以外の要素がふんだんに
盛り込まれている。
リチャード・ドレイファス淡々としたナレーションも
時に笑いを誘い、涙も誘う。

 

原作は希代の天才作家
スティーブン・キングの「The Body」
私に海外小説の魅力を教えてくれたのも彼だった。
この映画を観てすぐに原作を買いに本屋に走った。
小学校時代にモーリス・ルブラン
アルセーヌ・ルパンのシリーズなどは
読み漁ったが、もうすっかり
内容を忘れてしまっている。
原作の冒頭の言葉が忘れられない。
「何にもまして重要だということは、
何にもまして口に出すのが難しい」
こんな文章から始まる。名文句だと思う。
作家とはこのことに挑戦する
職業なのではないかと思ったりもした。

 

同じ頃、『デッドゾーン』の原作も読んで
スティーブン・キングの凄さを痛感。
皆、彼のアイデアの秘密を知りたがるそうだが、
基本原理は日常生活の「もし~が~だったら?」という
シンプルな発想から来ているものではないだろうか。
それを膨らませる才能が並外れているのだと思う。

 

世界一美しい男性として称賛された、
故・リヴァー・フェニックスの代表作でもある。
しかも、まだ変声期前。
晩年はあまり作品に 恵まれていなかった。
彼もまた麻薬が奪った稀有な俳優のひとつ。
ジョニー・デップが経営していた店の前で倒れた)
私は彼の訃報を聞いたとき、
やはり夭折した往年のスター、
ジェームズ・ディーンを真っ先に連想した。

 

「24」シリーズでジャック・バウワーを
演じたキーファー・サザーランド
街の不良エース・メリルを好演。
また嫌味ったらしい悪役を
演じてくれたものだ。
私が生まれ育った街にも、
こんなタイプの不良がいたことを思い出す。
ラストでゴーディに拳銃を
向けられて怯む演技がとても上手かった。
映画でのキャリアはさほど奮わず、
TVに活路を求め成功を手にしました。

 

劇中の早朝、ゴーディが線路に腰掛けて
本を読んでいると、野生の雌鹿に出くわす
場面がある。
そして、ゴーディは誰にもそのことを言わず
胸にしまっておいたと告白するのだが、
私はその気持ちが何となく分かるような気がした。
理屈でうまく説明できない部分です。
珍しい体験をしたときに生じる一種の優越感。
自分だけの秘密。

 

作品では「カイン・コンプレックス」を
扱っています。
兄が秀才すぎると弟はつらいはずである。
ゴーディは自分のことを"透明人間〟と
卑下していて、しかも、兄がまた
ナイスガイだから余計につらい。
スティーブン・キングには兄がいますが、
父は蒸発のため存在していない。
母子家庭で育ったという。
主人公ゴーディは、その鋭い感性を以って
自分が愛されていないことを自覚している。
そして、兄への感傷と同時にそのことを思い出し、
クリスに抱かれて泣きじゃくる。
この場面は胸に突き刺さった。
(兄役はジョン・キューザックだった)

 

印象的なのは、エースたちから
文字通り「命懸け」で守ったブラワーの遺体だが、
見つけた途端にその意味が消滅する部分だ。
手柄、功名心といったものが
霧のように消えうせ、
何も手元に残らなかったという
アイロニックなオチ。
当初、彼らにとってブラワーの死体は、
もっと巨大なイメージであり、
死を体現する物体への
好奇心そのものだったと思う。
車で来て遺体を横取りしようとする
不良グループと対峙することで
彼らは恐怖を知り、勇気を振り絞り、
自分たちが徒歩でたどり着いた冒険を、
そして目的(死体)を守ろうとする。
テディとバーンはナイフに脅えて身を隠し、
クリスとゴーディはその場に残る。
(後にテディとバーンは疎遠になる)
緊張の頂点と安堵をほとんど同時に経験し
本当の友達を知り、死体の発見は
背景に過ぎなくなる。
死体捜しの道程をクライマックスまで
引っ張りながらも、実はエースたちとの
対峙と駆逐に映画が凝縮されていると私は思った。
 
映画の最後になって、
クリス・チェンバーズ弁護士が
刺殺されたことを私たちは思い出す。
そして、ゴーディとともに胸がつまるような
感傷を味わうのだ。
本当の友達は人生の中にそう何人もいない。
私も小学校時代、毎日のように遊んだ
友達が3人いたが、うち1人は亡くなった。
年齢が重なっていくにつれ、
それぞれの生活や都合に紛れて
付き合いも疎くなっていく。
ただ、本当の友達というものは
遠く離れても、しばらく会わないでいても
その姿はくっきりと見えるものだと私は思っている。
 

「羊たちの沈黙」

 

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シリアル・キラー
バッファロー・ビルが 全米を騒がせていた。
(女性の皮膚を剥ぐ殺人鬼だ)
FBIの行動科学課は、投獄されている
天才精神科医レクター博士
協力を得るため優等な女性訓練生の
クラリス・M・スターリングを抜擢する。
レクターとの奇妙な絆を得たクラリス
彼にヒントを与えられながら、
バッファロー・ビルを
次第に追いつめていく。

 

この種の映画がアカデミー作品賞を受賞することは
本当に稀なことである。
いかに名作かがそこからも窺い知れる。
大人のための怖いお伽話。
原作は「ブラック・サンデー」のトマス・ハリス
寡作な作家と知られ、私生活が謎につつまれている。
数年に1冊しか本を出版しない人で、
あのスティーブン・キングさえ、
ハリスの日常を知りたがっている。
 
単に猟奇殺人を描くだけでなく、
女性の捜査官の視点で事件を迫っていくスタイル、
心理描写には卓越したセンスを感じずにはいられない。
最初に映画化権を獲ったのは、
ジーン・ハックマン
彼の初監督用に準備が進められていたが、
ハックマンは脚本に難色をしめし 降板。
宙に浮いた権利をキャッチしたのは
ランボー」や「プラトーン」を製作した
オライオン・ピクチャーズだった。
 
ジョナサン・デミは当初、クラリス役には
ミシェル・ファイファーを想定。
しかし、ミシェルは脚本の内容が
残酷であることを理由に降板。
自ら監督に売り込みをかけていた
ジョディ・フォスターに決定した。
(私はミシェル・ファイファーで観たかった・・・)
バッファロー・ビルを描いたことにより
偏見の助長を恐れる同性愛者たちから、
抗議を受けたジョナサン・デミは、
この映画のあとに 「フィラデルフィア」を製作した。

 

当初は商業目的のために、レクター役を
オファーされたショーン・コネリーだったが、
脚本を読んで即座に断ったという。
そこで、第2候補だったアンソニー・ホプキンス
レクター役を得ることになった。

 

私が本作で一番評価しているのは、
ホプキンスでもフォスターでもない。
クラリスの上司、FBI捜査官の
ジャック・クロフォードを演じた
スコット・グレンである。
原作のイメージ通りというか、
これほど役に適した俳優はいない。
しかも、普段のスコット・グレンとは
外見が別人のように違う。
オールバックで眼鏡をかけるだけで、
雰囲気がガラリと変わっている。
そして、役柄もクラリスをさりげなく気遣う
頼りがいのある上司としての
威厳も漂わせている。
(仄かなクラリスへの恋心も)
彼が助演男優賞を受賞できなかったのが残念。 

 

クロフォードの特捜チームとクラリス
別々にバッファロー・ビルを
追う場面の編集は秀逸。
この場面の同時進行を考えついたのは、
他ならぬジョナサン・デミ
呼び鈴が重なり、
クロフォードが過ちを犯し
顔面蒼白となるあの場面は、
観客も一緒にサスペンスに巻き込まれる。
クラリスはたったひとり、
極めて不利な状況下で
シリアル・キラーと対峙しなくては
ならないからだ。
この編集こそアカデミー賞
相応しかったと思っている。

 

タイトルの「羊たちの沈黙
(The Silence of the lams)とは
何を意味するのか頭を捻った。
これは映画をよく観ると理解できる。
警官だった父親の殉職により、
幼い頃に農家の親戚に預けられたクラリス
食用のために屠殺される運命にある
小羊を抱えて逃亡する。
しかし、結果的に見つかり、
彼女は連れ戻され、
小羊も奪われてしまう。
そのことが彼女のトラウマとなっているのだ。
(レクターに見透かされる部分だ)
そこに、上院議員の娘が誘拐され、
クラリスFBIのエージェントとして
彼女を救出する役目を図らずも得る。
上院議員の娘こそ「羊」であり、
幼い頃に命を救えなかった
「羊」を救ったことにより、
クラリスのトラウマである、
「羊」の悲痛な声が沈黙します。
つまり"クラリスのトラウマの克服〟が
映画のタイトルとなっているわけだ。

 

アカデミー賞は主要部門を独占。
作品賞、監督賞、主演男優賞
主演女優賞、脚色賞を受賞。

 

ゾンビ映画の巨匠、ジョージ・A・ロメロや
B級映画の帝王、ロジャー・コーマンなどが
カメオ出演している。
トマス・ハリスの原作も硬質で緻密な文章で
素晴らしい出来だと思う。
ただ、一点だけ「クロフォード」を
「クローフォド」と誤植していることを除いては。

 

ペドロ・アルモドヴァル「トーク・トゥ・ハー」

 
フリー・ジャーナリストのマルコは
女闘牛士、リディアを取材し、恋仲になる。
しかし、リディアが闘牛の事故で昏睡に
陥ってしまう。病院で知り合った介護士の
ベニグノは昏睡に陥った若きバレリーナ、
アリシアの介護を献身的に行っている。
病院で知り合ったマルコとベニグノは
次第に親しくなっていく。
 
映画の中に天才と呼ばれる人は多いが、
現代、この人の才能に匹敵する人は稀だ。
ペドロ・アルモドバルの作品はどれも
人の深奥に触れる作品をたたきつけてくる。
トーク・トゥ・ハー」は
年に何度も鑑賞する映画である。
なぜこの映画に惹かれるのだろうか。
私は他に「ライブ・フレッシュ」という
作品が特に好きだ。
 
ピナ・バウシュの舞踏、
カエターノ・ヴェローゾによる
「ククルクク・パロマ」の生演奏、
ミニチュア化した男のサイレント映画
飽きさせない要素が随所に盛り込んである。
ただの映画ではない。
 
4人の登場人物が複雑に絡み合う。
女闘牛士のリディア、
ジャーナリストのマルコ
介護士のベニグノ、
バレリーナ志望のアリシア
マルコとベニグノの間の感情は、
友情なのか、あるいはゲイ的なものなのか
判断がつかない。
「人間愛」なら着地できるかもしれない。

展開もスムーズで、描写は直接的ではないが
かなり衝撃的でもある。
この映画の「昏睡」と「覚醒」は
実際の事件を基にしている。
バレリーナの講師役を務めるのは、
C・チャップリンの実の娘である。
 
何より2人の「眠り姫」の運命は忘れがたい。
そして、思わせぶりな未来を感じさせる
ラストも見事だった。
 
ちなみにこの映画、脚本家の大御所、
山田太一さんもお気に入りだそうだ。